中学3年生の国語では、森鷗外の「高瀬舟」を題材に、文学作品を読みながら、「自分自身の生き方や、私たちが生きる社会について考える授業」を行いました。

国本女子の国語では、作品の内容を理解することだけをゴールにはしません。
「作者は何を伝えたかったのか」を考えるだけでなく、「この作品を、今を生きる私たちはどう受け止めるのか」「自分だったらどう考えるのか」と問いを広げていきます。
授業の導入では、まず一人ひとりが森鷗外の生涯について調べました。軍医として近代という大きな時代の変化の中を生きながら、文学者としても数々の作品を残した鷗外。その生涯や時代背景を知ることで、作品を読む視点を広げていきました。
そして、作品の前半で描かれる「知足(足るを知る)」という考えについて、次のような問いを投げかけました。
「罪人・喜助の乗った高瀬舟が嵐で遭難し、喜助だけが現代の湘南海岸に流れ着いたとします。それから10年。物も情報もあふれる現代社会で、喜助は『知足』の境地を持ち続けていられるでしょうか。」
すると、班での話し合いからは、さまざまな考えが生まれました。
「便利なものに囲まれれば、知足の気持ちは失われるのではないか」
「現代には誘惑が多いので、喜助も欲に負けてしまうのではないか」
「感謝する心を持つ喜助なら、周囲の人に支えられながら立派な社会人になるのではないか」
同じ作品を読んでも、考えは一つにはなりません。さらに、
「『知足』を持つ人が増えたら、日本の国力はどうなるだろうか」
と問いを広げると、「必要以上に働かなくなり、国力は下がる」という意見と、「感謝を知る人ほど仕事にも誠実に取り組むため、むしろ国力は上がる」という意見が出ました。
大切なのは、どちらが正しいかを決めることではありません。自分とは異なる考えに出会ったとき、「なぜこの人はそう考えるのだろう」と耳を傾けること。そして、相手の考えを知ることで、自分自身の考えもまた深めていくこと。
授業の終わりには、ある生徒から、「考えは正反対だったけれど、お互いに納得できる部分もあった」という言葉が聞かれました。この一言に、今回の学びが凝縮されています。
文学作品を読むことは、過去の物語を知ることだけではありません。そこに描かれた人の心に触れ、「人はどう生きるのか」「自分はどう生きたいのか」を考えることでもあります。
国本女子では、「知識を身につけるだけでなく、自分で問いを持ち、考え、対話し、他者の価値観に触れながら、自分自身の考えを育てていく学び」を大切にしています。
「高瀬舟」の学びを通して、生徒たちは一つの文学作品から、現代社会、そして自分自身へと考えを広げました。
「人を知り、自分を知り、社会を考える。」そんな学びを、日々の国語の授業の中で積み重ねています。
